OLD DAYS J-pop
結構好きなものにはこだわる
だから音楽の趣味は視野が狭い
いま宵のひとときを自室で 山下達郎 聴いている
そういや最近達郎さんの曲は聴いていなかったなと思いつつも…
あの人の人間性というものは勢いがあって小気味良い
なんか凄く生意気な人、でも日曜のFMではリスナーへの配慮を欠かさない
まあ、あれだけ歌唱力もあって、作曲も出来て、何よりアレンジャーとしてとてつもない天才的な能力のあれば生意気になるのも当然かもしれない
でもそれは達郎さんに対して失礼な見解とも思う
アーティストというのは評価の前に個性があって、元にある達郎さんへの侵害だと思った
故人となって二十年近く経とうとしている 尾崎豊はリアルタイムでは大っ嫌いだった
なんか不良の立場で好き勝手な生き方をして勝手に自業自得で死んだ人と思っていた
でも現在はとても支持出来る
彼は生前様々な葛藤、感性が豊かな上での苦しみを抱えて
やり場の無い 幸福とは縁遠い人生を歩んでいたとyoutubeとかのドキュメンタリーで嫌というほど知った
あの人は音楽業界ではとても礼儀正しい人だったという伝説が残っている
あの人の音楽からは癒し以上の勇気をもらえる気がする
でもそのほとんどの楽曲があの人の抱えた苦しみがストレートに放出されている
人間、個性というものはとても大切なのかもしれない
なんか強烈な個性を持った人はリアルタイムでは結構見かけるが
僕は何かそういった人を羨ましく思えて仕方が無い
自分は 若年齢にさかのぼるほど
強烈な生き方をしていた
人との衝突も少なく 一見いい子だった
でも劣等性だった
何かとてつもなく学習とスポーツを中心としてものすごい劣等感を蓄積させいいっていた
小学生の頃は一見初対面では勉強がよく出来てて利発な子には見えていたらしいが
実際僕の本性が露になると あいつはバカだとか言われて
コミュニケーションの面で自閉性が若干あったのでどんどん友達は離れていった
テストなどの回答に、 どうしてその枠の中に 世のなかにはたくさん言葉があるのに
ひとつだけ合ったものを書き込むのは不可能だと先生に苦情をこぼすとあきれられた
思春期 SF小説にはまっていたのは現実逃避だったと思う
通常の小説をそれほど読んでいないのに 突然SFから文学に入ると
かなり価値観は支配されてしまった
まず道を歩いていても ここは地球という球体の上だといつも意識していた。
もしかしてこの世界はすべて滅んでいて
自分以外の世のなかの人間はすべて精巧につくられたアンドロイドで
自分は孤独を感じないために機械システムの取り計らいで生きている世界唯一の人間ではないかとふと想像した。
音楽の話に戻る
YMOは大好きだったが
今聴くととても頭が痛くなる
人間は誰も旅をしている
同じ街に定住していても
銀河自体回転していて
太陽系自体地球の位置は季節によって違う
一年を時計の文字盤と重ねて捉えるのは自然かもしれない
今の季節は一番南に近い空間を僕たち日本列島というか地球は
回遊している
12月辺りは一番高い場所に僕たちの地球は旅をしている。
実際は方向は正しくないが
呉の中心部から 川原石に向かった先にアメリカ大陸があって
灰が峰の方向の先は南太平洋
実際はちがう
でも僕の頭の中のイメージでは世界はそう位置付けられている
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コメント
『僕は 佐野元春や浜田省吾を 聴いてきたんだ』
コンサートで聴衆に向けて、尾崎豊はそう語りかけた事が あるそうです。
弟が根っからの尾崎ファン、浜省ファンで。自然と自分も 耳に馴染んで。
音楽雑誌を読んでいると 彼が様々な葛藤を抱えて苦しんでいたのも、分かる様な気がしていました。
夕飯を食べていた時、夕刻のニュースで「亡くなりました」と聞き、弟と二人、同時に「えーーーっ!!!」と叫んだの、覚えています。
教員、殊に小学校時の担任が 受け持ちの児童に与える影響は 計り知れないものが、ある。
担任を「選べない」のは、子どもにとってはとても、苦しい事です。
自分は幸い、所謂「型にはまった教員」ではない「先生」に3,4,5年時を受け持って貰い。
その先生は、「本当は 気象庁に 行きたかったんだ」と私達にもあっさり、話してくれる人で。
「べんきょう」以外のもっと大事な事を 色々教わりました。
投稿: たますけ | 2009年7月 9日 (木) 06時36分
学校にはなじめなかったですね
とにかく生徒同士の関係も先生との関係も最悪で
よく無断欠勤していました
いい出会いも何もなかったし
学校といった場所で自分を磨耗したと感じています
幼稚園のときの親離れの悪さからはじまって
小学生のときの学業不振が深刻でした
中学高校と性格的なものが決定打でした
高校に入って少し勉強が出来るようになったらそれを攻撃の理由にされ
中学以前までは学業不振が攻撃を受けていた理由でした
自分って よほど周りとのコミュニケーションに向いてい無いと思っているのは今も大して変わっていません
結局、すべての自分の材料が他人を不快にしていると思っています。
ぼやいてすいません…
投稿: hideakifuji | 2009年7月10日 (金) 23時11分
沖縄の言葉に「魂落とし」(マブイ落とし)というのがあります。文字通り、魂が抜けるという意味。
自分は地元の高校に、広中央の友達とまた一緒に通う為に 頑張った。
でも、一番行きたくない高校に振り分けられた。
合格発表の掲示板に、「三」の文字を探す。でも、他には見つからない。
目の前が真っ暗になる、あれって本当です。わあわあ泣きながらその場に崩れ落ちました。
自分の中の大切な物・やる気、元気の「気」が、体中から出て行った。
「行きとうない」。
友だちに両脇を抱えられ、引きずられる様に中学校に報告に行きました。
皆、喜々として「受かった―!」と報告している。かたや自分は職員室で2時間、泣き続けました。
あの母だから引き籠る事も出来ず、かといってぼんくらぴーちゃんになってサボる意気地も無く。
自分にしては結構勇気を出して「話の仲間に入れて貰えませんか?」と聞きました。
「中学校からの友達が要るし、あなたは別に必要ない」と言われました。
そこから、もうひとりでいい と投げてしまった。
修学旅行にも、思い出は無い。「休ませてくれ」と言うと母に「バカな事言うな」と一蹴された。
黒四見学の時、ダムの底を見ていて「いまここから飛び降りたら、みな どうするかなー」と、ぼーっと考えてた。
昔の旧制一中 のプライドばっかりお高いあの学校の事だから、開口一番「うちの伝統ある歴史に、よくも泥を塗ってくれましたねえ!」
と、怒鳴り込んでくるだろな・・と。
自分の精神年齢は15で止まっているのです。精神的成長が ありません。マブイはあの場所に落としたまんま。
抜け殻が、30年も生きてしまった。
こちらこそ、ぼやきっ放しですみません。
投稿: たますけ | 2009年7月11日 (土) 01時23分
七夕まつり お疲れ様でした。
体調のほうは、大丈夫でしたか?
投稿: たますけ | 2009年7月11日 (土) 16時31分
気が張っていると
疲れがたまりません
よく動いた日ほど後から活力は出てきます
結果的に精神面でちょっと…かな。
貧血の薬は三週間ほど飲んでて
でも体調とは因果関係あまりないです
二年血液検査受けていませんが
あまりそのほうは数値に問題が無かったのかと思います。
むしろ売薬の乱用も程々と感じています
投稿: hideakifuji | 2009年7月11日 (土) 19時50分